| 平成3年の春、愛知県一宮市の広島氏から私の研究室に電話が入りました。広島氏のお施主さんである大森さんが、伊豆高原に別荘を建てる事になり、そのためTIP構法のことを詳しく知りたいということでした。広島氏はその人柄と技量から、同じ一宮市の大森さんの信頼が厚く、伊豆高原の別荘の建築を一切まかされていたとのことでした。
大森氏別荘とTIP構法を結びつけたものは平成2年11月7日の毎日新聞の朝刊でした。もう少し詳しく説明すると、その日の朝刊の家庭欄にTIP構法住宅第1号(熱海)が紹介され、その記事の中の写真の意外性に驚いて広島氏が切り取っておいた「切抜き」でした。
年明け早々、大森夫人と広島氏が伊豆の現地視察に行き、帰りの新幹線の中で正式に依頼を受けた広島氏が、後日、大森夫人に「切抜き」を見せてTIP構法を薦めたところ大森夫人が快く賛成されたと聞いています。広島氏が電話をかけてきたのはその後のことで、詳しい説明をしたいので一度研究室に来て下さいといって電話を切りました。
広島氏が初めて研究室を訪ねて来たのは4月の中旬でした。伊豆高原の別荘の建築についての概要を聞いた後、実験室に案内して過去の実験の成果や当時行っていた実験の説明などをしたところ、広島氏はTIP構法が益々気に入ったらしくその場で採用することを決め、技術的なことを詳しく教えて欲しいと言われました。そこで、私は一つの提案をしました。その提案というのは、卒業研究生(以下卒研生)の中の希望者を伊豆高原の現場に連れて行き、実際の建物を造りながら広島氏にも卒研生にも学習して貰おうということでした。広島氏は私の提案をその場で受け入れたので、早速、卒研生に声をかけたところ、全員が参加を希望しました。
5月の連休あけに、私は8人の卒研生を引き連れて伊豆高原の現場に入りましたが、現場はちょうど上棟が終わったばかりの状態でした。そこで、卒研生は広島氏の指導をうけて、間柱の取り付けや間柱に筋かいを取り付けるための欠きこみをつくる等、TIP構法以前の木工事にとりかかり、その間、私はTIP構法の構造図や型板の作成に追われました。TIP構法の構造図とは、柱と横架材の交点のうち、どこにどんなサイズのガセットプレートを使用するかということを示す軸組図と、各ガセットプレートの釘打ち箇所を示す詳細図です。
軸組図は図面を描くだけで用は足りますが、釘打ち詳細図は図面のほかに原寸大の型板も作成しなければなりません。そこで製図板に向かって図面を描いたり、ベニヤ板に原寸図を描いてドリルで穴を明けたりと忙しい時間を過ごしましたが、これらの準備がすべて整ったところで本番の作業を開始しました。
本番の作業は、ガセットプレートの取り付けから始め、それと並行して筋かいを取り付け、最後に下地板の取り付けになります。文章にすると簡単ですが延べ130平方メートルの別荘の外周すべてとなるとかなりの量になります。建築学科の学生とはいえ木工事については素人なので、じっくり時間をかけて取り組むために、あらかじめ広島氏と同じ民宿を予約して置いてもらいました。日を追うごとに作業のスピードも上がってきて、予定した6日間でTIP構法の工事はあらかた出来上がりました。そこで、卒研生は一旦家に帰し、残りの仕事を広島氏と私で仕上げ、完成写真をたくさん撮りました。
大森氏別荘は全国で3棟目のTIP構法住宅ですが、卒研生の指導をかねて私自身が現場作業に参加しとても貴重な体験をしました。この体験を通して「TIP構法軸組図の作成」と「ガセットプレートの型板の使用」が施工の効率化や品質管理のために欠かせないものであるということを確信しました。
最後になりますが、この様な機会を与えて下さった大森さんや広島氏にお礼を申し上げると同時に、私はこの別荘の耐震性については大森さんの期待にお応えすることができたのではないかと思っています。また、大森夫人が現場に来られて卒研生たちに昼食を振舞って励ましてくれたことや、民宿で毎晩新鮮な海の幸を肴にビールを飲みながら広島氏を交えて卒研生たちと語り合ったことなど、伊豆高原の大森氏の別荘には楽しい思い出が一杯つまっています。
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<< 伊豆別荘の思い出 >>
人には人生を大きく変える出来事と出会うことがあると思います。私にとって、この別荘を請け負った事がまさにそのものでした。忘れもしません、平成2年11月毎日新聞紙上で熱海に建てられた外壁下地板を斜めに張り回した2階建て住宅の写真が掲載され、“何だ!これは”と強烈に印象付けられた事を鮮明に思い出すことができます。
そして、その翌年そうそうに別荘の主である大森さんから修理の依頼があり、奥さん共々に別荘に出掛け、いたみ具合を確認させていただきました。前の持ち主から買い受けたという建物は全体的にかなりのいたみがみられ、「修理にお金をかけるのはもったいないですよ。」と、私の正直な感想を述べました。その帰りの新幹線の中で、「もし建て替えるとすれば、広島さんやってもらえますか?」と言う奥さんの言葉には、驚きで言葉が出ませんでした。
結果、建て替えを請け負うことになり、『別荘』という建物にはまったく縁のなかった私は“形”を想像させるために何回となく伊豆に足を運びました。その間に、切り抜いていた熱海の記事を奥さんに見せ、『地震の多い場所』ということで是非この構法で施工しましょう、と提案すると、意外な言葉が奥さんの口から。「実は私も今度建てる別荘は是非この構法で建てて貰いたいと思い、切り抜いて持っていました。」
平成3年4月に着工、8月お盆に完成、というあわただしい施工日程でしたが、近くの民宿に泊まりながら、時には下請け(すべてが一宮市の業者)の人達と、ある日は家族と楽しい思い出を重ねながらの毎日でもあり、またとない伊豆での生活を楽しませていただきました。
5月の連休に上西先生をはじめ研究生8名と共にTIP構法を施工完成させ、別荘の庭で鶯の鳴き声をBGMにしながらコンビニ弁当を肴に乾杯した思い出は、忘れることの出来ない一生の宝物になると思います。
その後、平成5年に日本TIP建築協会が設立され、現在全国の会員90余名の心熱き集いの中で、最古参の会員となりましたが、「“最後の一人”になるまで辞めませんよ!」という約束もあり また、TIPのすばらしい魅力もあり、最も熱き心を持っている会員、と自負しています。
今後とも会長のご指導によってこの協会が益々発展し、TIP構法が世の中に普及することを祈ってやみません。
一宮市今伊勢町
広島 章功 |