第16回   NHKスペシャル阪神大震災シリーズ(第5回)を見て(その3

〔3〕品質管理の欠如
 

 「安かろう悪かろう」というのは太平洋戦争前のわが国の工業製品に対する諸外国の共通した評価でした。戦後、アメリカ軍の占領政策が始まり、昭和26年9月にサンフランシスコ講和条約により、わが国の主権が認められるまでの6年間に、我が国はアメリカから多くを学びました。その中の一つは「品質管理」という概念でした。戦後の日本が工業先進国となり時計、カメラ、自動車等多くの分野でヨーロッパやアメリカに追い着き追い越す様になったのは、アメリカから学んだ「品質管理」の御蔭です。経営者は勿論、設計の担当者や現場で生産にあたる者が「品質管理」に真剣に取組んだためといわれています。

 建築産業でも木造以外の建設業者のなかには「品質管理」に取り組みデミング賞の日本品質管理賞を受賞した業者も生まれるなど、時を経るにつれて安定した品質が確保されるようになりました。しかし、甚だ残念なことに木造軸組構法による住宅の生産現場には「品質管理」の概念はなかなか浸透しなかったようです。勿論、厨房器具、照明器具、空調器具など工場で大量に生産する住宅部品のメーカーは早くから「品質管理」の重要性に着目してきましたが、現場ごとの一品生産品である住宅軸組の「品質管理」はなかなか徹底しませんでした。

  (その2)で紹介したように、東灘区の大工職に対するアンケートで、筋かい端部の接合部を釘のみで施工する者が61%で、金物を使用する者が39%しかいなかったことからも、その辺の事情は推察されますが、その際、同時に行われたアンケートでもそのことが裏付けられています。金物を使用しない大工職に「金物を使わない理由」を質問したところ「グラフ」のような答えが返ってまいりました。この「図」によれば、「金具を使わない理由」の第1位は「コストがかかる」で44%、第2位は「手間がかかる」で42%、第3位と第4位はそれぞれ「効果が少ない」と「知らなかった」でおよそ玄人とは信じ難いような答えです。最初の二つはどちらも「費用がかかる」ということであって合計すれば全体の86%になります。要するに、金がかかるからやりたくないと言うのです。
図
 どうしてこの様に常識では信じられない様なことが現実に起こっているのでしょうか。これは、「品質管理」以前の工務店経営者の理念の問題とは思いますが「品質管理」の重要性を理解していればこの様な結果がでてくる筈はありません。この「図」のデータは「品質管理」の大切さを理解している工務店経営者がいかに少ないかを如実に物語っています。

 一般に建築主から依頼を受けた工務店は、工事金額の見積書を提出し、建築主と話し合って工事費をきめ契約をするわけですが、その見積書のなかには当然、住宅の骨組みを構成する構造材の費用、土台や胴差と柱を接合する金物や筋かいの端部を接合する金物の費用、現場で木工事を担当する大工手間などが別々に計算されていなければなりません。勿論、そうするためには軸組図や接合部の詳細を記した構造図が必要になりますが、そうした基本的な作業を省略して、「木工事坪あたりいくら」または「木工事一式いくら」で決めて下請けの大工職にまかせてしまう工務店が少なくないのが実情です。契約の図面のなかに構造図が無ければ、誰がなにを根拠にどこにどういう金物を取り付けなさいと言えるでしょうか。こうなると、現場はすべて大工職の判断で進められる事になり、「品質管理」など別世界のことになってしまいます。つまり、住宅の構造に関して、責任者は不在ということになります。こうして、私の住まいは一級建築士に設計して貰い、建築確認も下りているから、耐震性については充分配慮されているはずなので、たとえ大地震がきても絶対に倒壊するはずはないという建築主の期待は完全に裏切られてしまうのです。

 番組のなかで、「金物を使わない理由」を記者から直接質問された、工事現場で作業中の二人の大工職は次のように答えていました。その一人は「それだけ余分に働かなくてはならない、同じ金額で。だから、どうしてもみんな使いたがらないね」と。もう一人は「経費の問題になってくるんでね。だから、単価がね、安いやつにそれだけできないね。最終的には単価の問題でね。耐震性より単価の方があれ(優先:筆者注)するんじゃないの」と。

 耐震性に優れた住まいを建てようと思ったら、工務店の経営者の理念や「品質管理」に対する考え方など話し合って事前に充分確かめることが大切です。そして、「品質管理」を徹底するためには、あらかじめ構造図を作成し、骨組みを構成する軸組部材のサイズや接合部材の配置や詳細を明確にして置かなければなりませんが、これらのことを実行してもらってから契約を結ぶようにしないと取り返しのつかないことになるかも知れません。

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